展覧会「建築家 浦辺鎮太郎の仕事 横浜展 ―都市デザインへの挑戦」

2020年10月29日更新

展覧会「建築家 浦辺鎮太郎の仕事 横浜展 ―都市デザインへの挑戦」 

浦辺鎮太郎建築展 実行委員会では、2020年11月14日(土)から12月13日(日)まで、横浜赤レンガ倉庫 1号館にて、展覧会「建築家 浦辺鎮太郎の仕事 横浜展 ―都市デザインへの挑戦」を開催します。

浦辺鎮太郎(1909~91 年)は、岡山県児島郡粒江村(現・倉敷市粒江)に生まれ、旧制第六高等学校を経て1930 年に京都帝国大学工学部建築学科に入学し、1934 年の卒業後は、倉敷絹織(現・クラレ)に入社します。そこでは大原總一郎(1909~68 年)との運命的な出会いがありました。浦辺は、大原とともに、倉敷を、歴史を大切に守り育てる都市にするべく営繕技師として働き始め、30 年に及ぶ地道な活動を経て、1964 年に倉敷建築事務所を開設して独立します。

浦辺の仕事が特筆されるのは、大原美術館分館(1961 年)や倉敷国際ホテル(1963 年)に象徴されるように、倉敷の伝統的な町並みと調和する近代建築の在り方を追求するなかから、クラフト(手仕事)とインダストリー(工業化)を融合させ、日本の近代建築の新しい境地を切り拓いた点にあります。続く倉敷アイビースクエア(1974 年)では、赤煉瓦造の紡績工場を宿泊施設へ転用する先駆的試みを成し遂げ、歴史との対話の大切さを日本の建築界に再認識させました。さらに、倉敷市民会館(1972年)や倉敷中央病院(1975~81 年)、倉敷市庁舎(1980 年)では、装飾や屋根、素材の色や質感などを統合して、華やかさと豊饒さを併せもつ建築をつくり上げます。そして、その仕事は横浜市の都市デザイン室長で都市プランナーの田村明(1926~2010 年)との出会いによって横浜へと展開し、大佛次郎記念館(1978 年)や横浜開港資料館(1981 年)、神奈川近代文学館(1984 年)を通して、同時代のポスト・モダニズムとは一線を画した独自の建築世界を切り拓いていったのです。

生誕110 年を記念し、没後初となる同展では、営繕技師の時代から晩年に至るまでの全軌跡を紹介します。地域に根ざし、伝統や風土と対話しながら近代建築のあり方を問い続けた浦辺の仕事が、これからの建築やまちづくりへ大きな手がかりを与えてくれるものとなるでしょう。

開催日 2020年11月14日(土)~12月13日(日)
時 間 10:30~18:30(入館は18:00まで)
場 所 横浜赤レンガ倉庫 1号館 2階スペース
エリア みなとみらい21エリア
料 金 一般 1,000 円 / 大学生 500 円 / 高校生以下 無料
【展示内容】
模型、原図、写真、映像からなる展示

【浦辺鎮太郎(うらべしずたろう)】
1909 岡山県児島郡粒江村(現・倉敷市粒江)生まれ
1934 京都帝国大学建築科卒業、倉敷絹織(現・クラレ)入社
1962 株式会社 倉敷建築研究所設立、代表取締役 就任
1964 株式会社 倉敷建築事務所に社名変更
1965 日本建築学会賞 受賞(倉敷国際ホテル)
1966 株式会社 浦辺建築設計事務所(現・浦辺設計)に社名変更
1975 日本建築学会賞 受賞(倉敷アイビースクエア)
1986 日本建築学会大賞 受賞(地域の風土に根ざした町づくりと優秀な建築の創作活動による建築界への貢献)
1987 株式会社 浦辺設計に社名変更、相談役 就任
1991 逝去(享年82 歳)

※イベント内容・スケジュールは直前で変更される場合もあります。詳細は主催者のホームページ等でご確認ください。

お問合せ 浦辺鎮太郎建築展実行委員会事務局
電話番号 06-6220-0102
URL
※詳細は主催者のホームページ等でご確認ください。

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