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YOKOHAMA MAP

時代遅れの男たちが、意地を張り通す街、横浜。
そのスクリーンの輝きのまぶしさに、
目を細めて見入る。

横浜という街が、これほどスタイリッシュに描かれた映画はちょっと思い浮かばない。坂道を、マリンタワーを見ながら一人の男が坂を上っていく。停泊するタンカー。むせぶような汽笛の響き。垂れ込める曇天に、海は鈍色(にびいろ)に沈む。スクリーンに流れるギターはクロード・チアリで、哀切な調べは、この映画のパセティックな結末を予感させる。外人墓地の前にたたずむ瀟洒なマンション。家具も調度品もないがらんとした部屋で、たどり着いた男がカーテンを開け、眼下の横浜港を見下ろす。登場人物たちは、誰もが時代遅れである。みな荒々しく、義理や組織のしがらみにしばられ、振りほどこうともせず生きて、死んでいく。誤解をおそれずに言えば、だが、それがいい。世間をうまく立ち回ることもなく、時代遅れを承知で意地を通す。そんなことはできそうもない現実のわれわれは、だから、スクリーンに向かい、そのまぶしさに目を細めて見入るのだ。坂のある港町は美しい。とはいえ、主人公がチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番に聴き入る馬車道の喫茶店も、その主人公がかつて殺めた男の娘が住む学生寮のロケ地も、じつは横浜ではない。しかし、あえて横浜以外の地で撮影することによって、逆説的に、この映画はもっとも横浜らしい横浜を再構成することに成功したといえる。

「冬の華」

「冬の華」(1978年、東映)
監督:降旗節男 脚本:倉本聰
出演:高倉健、田中邦衛、峰岸徹、三浦洋一、夏八木勲、小林稔侍

横浜を舞台に描かれた
昭和30年代の「天国と地獄」。
その圧倒的なリアリティの跡を、たどってみたい。

黒澤明という監督を知っている人は多い。だが、その作品で「天国と地獄」を観たことがある人は限られているのではないだろうか。米国の作家エド・マクベインの原作を翻案したこの映画の魅力は、誘拐犯とそれを追う警察、子をさらわれた親という登場人物たちの織りなすストーリーとは別に、横浜という街そのものが主人公であることによって際立ったものになったといっても過言ではない。一代で財をなした成功者が住む高台の豪邸は、現在の浅間台小学校のあたりにセットが組まれた。その成功をうらやみ誘拐を企てる男が住む下町のエリアは、映画をみれば見当がつくが、ここでは、あえて種明かしすることはやめよう。ただ、昭和38年に公開された時点で、横浜の姿は、かくのごとくスクリーンに暗く輝いていたのであり、黒澤監督が「徹底的に細部にこだわって」作り上げた映画である以上、そこに描かれた街の様子は、黄金町の暗さも、伊勢佐木町の明るさも、ともに圧倒的なリアリティを放っていたはずなのである。大人たる者、ぜひ、みずからの足と目で、映画に描かれた横浜という街を散策し、味わっていただきたい。

「天国と地獄」

「天国と地獄」(1963年公開・東宝)
監督:黒澤明 
出演:三船敏郎、仲代達矢、香川京子

横浜という街へのオマージュにあふれた映画
「私立探偵 濱マイク」。
その世界を、いまふたたび観て歩く。

三部作の映画として製作された「私立探偵 濱マイク」は横浜を語るとき、つねに引用される映画である。映画のヒットに加えて、2002年にはテレビドラマ化もされたことも大きいのだろうが、映画とテレビドラマを通じて永瀬正敏扮する濱マイクの造形も魅力的だ。つねに金欠で女好きというキャラクターが、横浜を舞台として活躍するアンチヒーローとして過不足なく描かれている。そして、この映画がつねに横浜と結びつけられて語られるのも当然で、じつに巧みに横浜という街の陰影が浮き彫りにされているのだ。京急電車の走る高架下、つねに街のあちこちから見えているランドマークタワー、車で疾走する日本大通りの広い空、まるで巨大なセットを組んだかのような横浜橋商店街。映画の世界がほとんどそのまま残っているせいだろう、ロケ地を訪れるファンの数は毎年減ることがないという。とはいえ、黄金町の横浜日劇は惜しまれつつ2007年に解体された。濱マイクの事務所がある設定になっていた実在の映画館である。ひとつ、またひとつと映画を偲ばせる建物や店がなくなっていくのは現実の宿命だろう。しかし、その宿命によってこそ、かえって映画の生命はフィルムの中に永く生き続けるのだ。

「私立探偵 濱マイク シリーズ」

監督:林海象
出演:永瀬正敏、宍戸錠、麿赤児

人々の表情には陰りがあり、
街は陰影に富んでいた。
そんな古い横浜の街に出会うよろこび。

東京オリンピックをひかえた1963年の横浜が舞台。となれば、それがアニメの、架空の物語とわかっていても、強く惹かれるものを感じる人が多いのではないだろうか。まず、いまは消えてしまった市電がある。コンビニになる以前の肉屋や八百屋といった小さな店がある。夕暮れの街並みはアンバーでほの暗く、行き交う人々の表情にも陰りがある。いまとなってはあまり見かけなくなったこの陰りは、朝鮮戦争休戦後の、緊張と安堵によるものなのかもしれない。さらに桜木町駅、山下公園、ニューグランドホテル、氷川丸と、ひととおりの観光スポットが登場するが、ここで描かれている横浜の街は、なんと魅力的なのだろう。ヒロインの女子高校生・松崎海は、海の見える丘に建つコクリコ荘を切り盛りしているが、このコクリコ荘の描かれ方もいい。大切に使われてきた建物が醸し出す、独特の雰囲気がうまく描かれている。架空の横浜ではあるが、このコクリコ荘にはモデルがあって、それが「根岸なつかし公園」にある旧柳下邸といわれている。このコクリコ荘を中心にして物語は進むのだが、人はストーリーの筋を追うより、描かれているディテールを愛するのではないだろうか。そして愛するに足る細部が、この映画には十分に描きこまれているのである。

「コクリコ坂から」

(2011年公開・スタジオジブリ)
監督:宮崎吾朗
声の出演:長澤まさみ、竹下景子、岡田准一

ほかにも横浜を舞台にした映画の一部をご紹介。


★あぶない刑事
1987年/東映/脚本:柏原寛司、大川俊道/監督:長谷部安春/出演:舘ひろし、柴田恭兵、浅野温子、仲村トオル、木の実ナナ、他

★ライク・サムワン・イン・ラブ
2012年/日本・フランス/脚本・監督:アッバス・キアロスタミ/出演:奥野匡、高橋臨、加瀬亮、でんでん、大堀こういち、他
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