1、~横浜と生糸の歴史~

横浜を代表する観光名所。このたび世界遺産に登録された富岡製糸場を、三溪園の創設者・原三溪が所有していたことをご存知ですか?その経営は実に36年間の長きにわたり、三溪はさらに横浜を拠点に生産した生糸の貿易も手掛けました。
安政6(1859)年に開港して以来、横浜は輸出港として発展してきました。開港当時、一番の輸出品は生糸で、横浜はその最大の輸出港でした。生糸は群馬県をはじめ各地から横浜に運ばれるようになり、その道は「絹の道」とも呼ばれています。
この「横濱生糸地図」は、横浜の発展に深く関係している生糸・絹の歴史をたどることで、横浜の魅力を再発見していただこうと企画したものです。
さあ、街に遺る生糸の歴史を見つけにいきませんか?

~横浜と生糸の歴史~

2、旧生糸検査所(現 横浜第二合同庁舎)

「キーケン」の名で親しまれていた「横浜生糸検査所」は、日本の輸出生糸の品質検査をおこなった施設です。横浜での生糸貿易の隆盛を現在に伝える建物です。
 
▼近くのスポット!
【横浜正金銀行(現 神奈川県立歴史博物館)】
明治13(1880)年当時、横浜では、生糸や茶などの輸出品、綿織物や毛織物などの輸入品が大量に取引されました。そうした取引を円滑におこなうために、外国貿易金融を取り扱う銀行として「横浜正金銀行」が誕生しました。現在は、神奈川県立歴史博物館として建物がそのまま残っています。

旧生糸検査所(現 横浜第二合同庁舎)

旧生糸検査所(現 横浜第二合同庁舎)

3、横浜赤レンガ倉庫1号館

赤レンガ倉庫は新港ふ頭の上屋施設として明治末期に着工され、物流の重要拠点として使われた施設です。敷地内には、旧税関事務所や旧横浜港駅プラットホームなど当時を知る貴重な遺構が残されています。

▼近くのスポット!
伝統横濱スカーフ 丸加ショップ 赤レンガ倉庫店
  横浜の地場産業である手捺染のシルクスカーフを中心に扱う店舗。

4、象の鼻

安政6(1859)年の開港に際し、幕府は波止場を建設し、生糸をはじめとする輸出品はこの波止場から輸出されました。その後、幕府は慶応3年に、波が高い時でも波止場の内側で荷物の揚げ下ろしができるようにするため、波止場を弓なりの形に造り直しました。これが「象の鼻」の由来です。

5、横浜開港資料館

横浜は生糸や茶の輸出港、西洋諸国の工業製品の輸入港として発展してきましたが、横浜開港資料館の展示室を訪れれば、貿易都市横浜の歴史を学ぶことができます。また、当館は日米和親条約締結の場所に建ち、中庭に繁る「たまくすの木」は、ペリー来航以来、横浜の歴史を眺めてきた由緒ある木です。


▼近くのスポット!
【横浜市開港記念会館】
横浜開港50周年を記念して建てられ、市民の憩いの場所としてさまざまなイベントがおこなわれました。震災で大きな被害をうけましたが、現在は震災以前の姿に復元され、当時の面影を感じることができます。


【中居屋重兵衛店跡】
中居屋重兵衛は現在の群馬県嬬恋村出身の生糸売込商で、中居屋重兵衛店跡で、開港当時、輸出された生糸の大半を扱ったと伝えられています。当時ここには「あかがね御殿」と呼ばれる豪壮な店があり、現在、中居屋を紹介するパネルが設置されています。

横浜開港資料館

6、三溪園

広さ約53,000坪に及ぶ園内には京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配置され、四季折々の自然とみごとに調和した景観が見どころです。
三溪園創設者である原三溪は生糸を扱った貿易商の中でもっとも有名な人物です。生糸が生み出した富が今なお私たちを楽しませてくれます。
【5番からの行き方:日本大通り駅県庁前バス停より、市営バス8系統本牧車庫前行で桜道下車】

地図


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